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2005年12月31日

みさ子

部屋に入りながら、振返り)一寸こっちへ来て御覧にならないこと? 綺麗よ。今日は、私がすっかり大掃除をしたんですもの。
振一郎 (黙って入って来る。黒っぽいセルの着付。四辺(あたり)を見廻し)ほう。綺麗だね。
みさ子 この部屋は、日がよく射すから、猶気持が好いわ。(ヌックの方へ行く)御覧なさいませ。一寸この薔薇! 素敵でしょう? 私こんなのが咲くとは思わなかったわ。
振一郎 (気がなさそうに)よく咲いたね。
みさ子 匂いをかいで御覧遊ばせよ。いいじゃあないの? ほら!(花壺を持ち、顔を埋めるようにして匂をすい、良人の鼻先に出す)
振一郎 うむ。いいね。花を持った枝は切る方が、来年のために好いんだよ。
みさ子 そうお。私が好きだから、どうせお部屋の花に切ることになってしまうわ。(ヌックの卓子の上に花壺を置き、そこの椅子に坐る)貴方もおかけにならないこと?
振一郎 (ぶらぶら行って、向い合わせに掛ける)英一さん達は幾時頃来るの?
みさ子 わからないの。ただ、お昼っからって云ってよこしただけなんですもの。――でも、きっともうじきに来るんでしょう、どうせ日曜ですもの一日、あの人達は暇なんだわ……(調子をかえ)貴方も今日はいいでしょう?
振一郎 さあ……
みさ子 駄目?
振一郎 しなければならないことがあるからね。
みさ子 (失望を押え)たまだからいいじゃあないの? 一寸でいいから一緒にお茶でも召上れよ。
振一郎 しなければならないことを控えて、表面ばかりおつきあいをしなければならないことはないだろう?
みさ子 それはそうだわ。――だけれども――あの人達だって、随分久しぶりで来るんですもの……
振一郎 あなたが、ゆっくり遊んであげれば結構じゃあないか。
みさ子 だって……(深く顔を曇らせる、遠慮しながら)貴方、あの人達の来るのがお厭なの?
振一郎 どうして? 僕がそんなことを云ったかい?
みさ子 おっしゃりゃしないわ。けれども――若し、悦んで下さるなら、暫くの間位、皆で、気持よく楽しんで下さるのじゃあないかと思うの。貴方は、私独りで遊んであげれば好いだろうっておっしゃるけれど――そうじゃないのよ。
振一郎 僕は僕で、仕事の責任があるんだから、仕方がない。ね? そうでしょう? あなたや、英一さん達みたいに、遊んでいて好い人間ではないんだから。
みさ子 (淋しそうに)何だか、きめっこのようね。私一度でも好いから、貴方にも一緒に面白く遊んで戴きたいわ。いつも、いつも――お仕事!
振一郎 そんな子供のようなことを云うものじゃあない。
みさ子 (涙ぐみ)子供のようなことじゃあないわ。どこに、自分の好きな人も一緒に楽しまないでいるのに、平気で嬉しがっていられる人があって?(強いて確かりし)ね、貴方、これからこうしようじゃないの? 貴方が来て貰っては困るとお思いになったら、はっきりそう云って頂くの。そして、私、断ってしまうわ。その方が……どんなに心持が好いか判らない……
振一郎 何もあなたの処へ来ようという人を、僕が厭だって断る訳はないじゃあないか、そんなエゴイストじゃあない。
みさ子 それが間違いだとはお思いにならない? 来る人は、私共二人[#「私共二人」に傍点]の処へ来るのよ。それだのに(涙が危くこぼれそうになる)いつも、私一人ぼっちでお相手をして、奥平さんはどうなさいましたって訊かれるの……おまけに貴方はちっとも楽しそうではないんですもの――私、どうしていいか判らなくなってしまうわ。
振一郎 判らないことはない。あなたは僕のことなんか忘れて、愉快にすればいいんだ。その方が、僕にとったって、どの位呑気(のんき)だか判らない。
仙台風俗
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2005年12月29日

火のついた踵

人  物
  奥平振一郎  統計学者(三十歳)
    みさ子  振一郎の妻(十八歳)
  橋詰 英一  みさ子の従兄(二十四歳)
  谷  三郎  英一、みさ子の友人(同)
  吉沢 朝子(登場せず)みさ子の友達(十九歳)
     女中 きよ

    場  所
  東京。

    時
  現代。或る五月。


第一 奥平の客間

上部の壁や天井は白く、下部を、暗緑色の壁紙で覆うた洋室。
正面は、浅く広いヌック。大きい三つの窓に、極く薄い肉桂色の窓帷が、黒い鮮やかな飾紐で片よせられ、簡素な形のマホガニーの円卓子、布張の椅子、たっぷり薔薇を盛った花壺等が置かれている。
上手の壁際には、大きな金縁の額。書棚。長椅子。重い暗色の垂帳で、隣室と境している。
下手は、一間半ばかり、透硝子のフォルディング・ドーアになっている。前後三尺ずつの壁間は、ヌックよりに彫像、繁った灌木の鉢。下手には、背の高いヴィクター、二人掛の腕椅子等。硝子の折畳扉から差す日が、如何にも晴々と、床に流れ、家具を照し、扉の金色の把手(とって)や、鉢植の新緑を爽やかに耀(かがや)かせる。
幕開く。舞台は空虚。
光りや色彩の快感が、徐(おもむ)ろに漠然とした健康や活力の感を看る者に味わさせた頃、上手の垂帳から、みさ子が出て来る。(藤色のネルの着物、全体、さっぱりした服装)

韓国風俗

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2005年12月28日

皆が侮る黒坊

泣いても笑っても、白くは成れない黒坊……南の国で卿の仲間が火で燃き殺される、その煙、その臭い――。
 皆が侮る黒坊、皆が厭がる黒坊、誰が卿を黒くした? 何が卿を笑わせる?
 何がお前を笑わせる? 黒坊――。

〔一九二〇年三月〕


西川口風俗
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2005年12月26日

水浴をする黒坊 水浴をする黒坊

 水浴をする黒坊。
 八月の日は光り漣は陽気な忍び笑いに肩を揺ぶる――青天鵞絨(ビロード)の山並に丸く包まれた湖は、彼等の水槽。
 チラチラと眩ゆい点描きの風景、魚族のように真黒々な肌一杯に夏を吸いながら、ドブンと飛び込む黒坊――躍る水煙、巨大な黒坊、笑う黒坊、蛙のような黒坊。

 卿(おまえ)はどうして其那に水が好きなのか。
 如何うして其那に笑うのだろう、卿等(おまえら)は――

 小粒な雨が、眠った湖面に玻璃(ビードロ)玉の点ポツポツを描いても、アッハハハハと卿達(おまえたち)は、大きな声で笑うだろう。
 暗紅い稲妻が、ブラックマウンテンに燃立っても、水に跳び込む卿等は同じ筏から。
 ジャボン……ジャボン……
 巨大な黒坊、笑う黒坊、育った赤坊の黒坊――。

 午後八時頃。湧こうとする濃闇の、其の一時前の仄明り。音楽の賑う旅舎の樹蔭の低い石垣。その角から三つ目の石の上に、まあ沢山。群れて笑いさざめく彼等、男の声、女の声。目の前を走る自動車が、四辺かまわずムッと跳上げる砂埃――其でも彼等は嬉々と笑う。
 腕を組んで漫歩する紳士が、枝に止まった小鳥のように目白押しする彼等の、その真正面で、ペッと地面に不作法な唾を吐く――
 其でも彼等は体を揺って、ハハと笑う、ハハと笑う……

岡山風俗
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2005年12月25日

人類の生活のより

深正な幸福の希望や、正義へ向いての憧憬は時代から時代を貫いているのだ。三稜鏡は、七色を反射する。けれども太陽は、単に赤色に輝くものでなく、又紫に光るものでもない事を私共は知っている。一部分宛なのだ。勿論部分は尊い。然し、友よ、私は、只一部分丈に視野を画(かぎ)って、今は、青い時だ、俺はその青い中でも一番強い青色を持っているのだぞ、と云って誇る心掛にはなりたくないと思う。
 青でもよい。赤でもよい。何でもよいのだ。只過ぎて行く瞬間の呼声に、くらまされなければ救われる。本道に即いて行ければ充分の感謝である。私共が努力しなければならない事は、今年やって来年になれば如何うでもいい事ではない筈なのだ。私共の魂に吹き込まれて生れて来たものが其を命じ、その命令の、その意向の絶大であると信ずるものによって動かされたいと思う。
 尊敬すべき農夫は、決して土をうなう手練の巧妙と熟達とを、仲間に誇ろうとはしないだろう。土を鋤く事は、よい穀物を立派に育てる為なのだと云う事を知っているのだ。
             ○
 私が去年の夏行っていた、或る湖畔には、非常に沢山黒人がいた。白い皮膚を持った人々が彼等をどんなに待遇するか、どんな心で彼等を見ているか。
 解放された奴隷は、又解放された奴隷として彼等の子を遺して行く。多くの人が心の中でいやに思っている。或る時は、如何うにかなれ、と呟くかもしれない。然し、嫌われながら彼等は殖えて行く。後から後からと生れて来る。自分がいやでも、ひとがいやでも、彼等は生きずにはいられないのだ。

千葉風俗
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2005年12月24日

「おい、どうだ俺の声を聞いたか

素晴らしいだろう――何故黙っている、何とか云うものだ」
「大きな声ですね貴方の声は。然し私の声とは違います」
「何故羨しいと正直に云わないのだ。負け惜みの強い女々しい奴だな。もう一遍歌ってやるから、今度こそ聞いて置け」
 太鼓は、自分は誰かに叩かれなければ、声の出せないのを忘れて、体中に力瘤を入れて意気込んだが、勿論音の出る筈はない。自分の間抜けに気が付いた太鼓は、暫くぼんやりする程がっかりして恥しがった。けれども、恥しいと云うのが口惜しい太鼓は、すっかりやけに成って、いきなりゴロッと小さい粟粒の上に圧(おっ)かぶさってしまった。
 そして「如何うだ此でもか! ハハハ」
と嬉しそうに笑った。
 太鼓は雨が降っても、風が吹いても粟の上にがん張っていた。がその下では粟が、しずかに地面の水気を吸っている。
 其から半年程経って、又同じ芝生の上に飛んで来た小鳥は、腐った太鼓を貫いて、一本の青々とした粟の芽が、明るい麗らかな日光に輝きながら楽げに戦(そよ)いでいるのを見た。
             ○
 魂がおしゃれを止める事は、一刻も早い方がよい。隈のない心が、間違いなくあらゆるもののしんにまで徹して滲み渡れるように、私共は邪念を払って慎しまなければならないのではあるまいか。
 どうぞ毎日が、本心で終始されますように――。誰でも本心は授っている。けれども其本心がいつも光っているのは、容易な事ではない。地上には、一日一刻と流転がある。或る問題、或る思想、而して或る亢奮――。自分の生活を純粋なものにしたい望を持って、或る人は、あらゆる今日の問題から、耳をそむけている。又或る人は、同じ目的で、今の主題の第一音を真先に叩こうとしている。
 どちらの態度も、只其だけであったら寂しいのだと思う。
 人類が生活している間中には、どんなに早く駈け抜けて仕舞おうとしても馳け切れないものがあり、又、どんなに自分では縁を切った積りでも、生命のある限り他人にはなり切れないものが、奥底の底に在るのではあるまいか。
 何と云っても、本当のものは、死なない。今や昔と云う言葉を超えて動いている。私共は其を畏れ敬う心だけは、どうか失い度くないと希う。
人妻風俗
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2005年12月23日

一粒の粟

或る芝生に、美くしく彩色をした太鼓が一つ転っていた。子供が撥を取りに彼方へ行っている間、太鼓は暖い日にぬくまりながら、自分の美くしさと大きさとを自慢していた。
 すると丁度その時頭の上を飛んで行った小鳥が、何かひどく小さいものを彼の傍に落して行った。
 気持の好い空想を破られ、それでムッとして見ると、薄茶色の粟が一粒いる。自負心の強い太鼓は忽ち小癪な奴だと思った。俺が折角いい心持で美くしい体を日に暖めているのに、何だ、此那見すぼらしい体をしている癖に突当ったりして! 其処で彼は
「おいおい、気をつけてくれ、俺が此処にいるよ」
と云った。
「私が何かしましたか」
「何かしましたか? 怪しからん。切角俺が好い心持でいる処を何故驚かせた」
「其は悪うございました御免下さい。けれども私は貴方を喫驚(びっくり)させる為に落ちたのではありません。私は此処で生えなければならないのです。御気に障ったら御免下さい」
「生えなければならないと? 生意気な事を云うな、第一お前のなりを考えろ、小さくて、見栄えもしない茶色坊主で、フム何が出来る。俺を見ろ、大きいぞ、素晴らしく美くしいぞ、如何(ど)うだ此の光る金色を見て羨しくないかハハハ其にお前なんかは蟋蟀(こおろぎ)ほどの音も出せないじゃあないか、まあまあ俺の見事な声を聞いてから目を廻さない要心をしているが好い」
 其処へ折よく撥を持った主人の子供が来たので、五色の太鼓は益々活気付いて、黙っている粟を罵った。
「さあ始めるぞ、俺の声を聞かされてからいくら平あやまりにあやまっても勘弁はしないからな」
 そう云いながら、太鼓は打たれるままに、全力を振絞って大声をあげた。小さい癖に落付き払っている粟の奴の胆を潰させようとして、太鼓は体中に力を入れてブルブル震えながら遠方もない叫声をあげてたのである。
 けれども、一二度叩くと、子供はもういやだと云って打つのを止めてしまった。太鼓が余り大きな見っともない声を出すので、子供は嫌いに成ってしまったのだ。そして、撥も何も捨てたまま何処へか行ってしまった。其処で太鼓は又粟に食って掛った。
新潟風俗
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2005年12月22日

自分は、驚きとともに反問するように

彼の顔を見た。
「どこへ?……」何の意味があるのだろう。
 すっかり青ざめた額一面に、膏(あぶら)が浮いて寂しく秋の日に光っている。
「どこへ?……」自分はこの言葉から、無数の思いを繰り出せる。けれども、彼がそんな意識をもって云ったのでないことは明らかである。
 けれども……私はこの一句から先へ進むことはできなかった。何かあるに相異ない、何があるだろう。自分は心に浮んで来るいろいろなことを、あれでもないこれでもないと選(よ)って歩いた。
 どれもこれもそうらしいのはない。単に偶然発された言葉と解釈するほかないのだろうか。もう少しで、この一句を遺して行こうとしたとき、フト思いついたことがある。けれどもそれはあまり恐ろしいことである。私は彼がいつか一種の輪廻(りんね)説のようなことを信じていると云ったのを思い出したのである。
 そのとき彼は――多分去年中のことであった――若し自分がこの家でないどこかの家に生れて、食べる物もなければ、着るものもなく、何かといってはすぐ擲つような親の子になったら、どんなに情けなかったろう。
 そして、死んでから生れ換るとき、若し自分がいつもいつも可哀そうだと思っている宿無しの小っぽけな犬や、鞭でピシピシたたかれながら、何にも云えずに荷を挽(ひ)く馬などになったらどんなに苦しいだろう。
「いくら何か云おうと思っても口もきけないんだものなあ、僕そう考えると全くこわい。僕どうしたって人間は生れ換るにきまっていると思うもん」
と云いながら涙ぐんだ。
 それを思い出すと同時に、私はハッとした。飛んでもない悪いことをしたと思った。
 あのとき、なぜあすこで、決してそんなことはないと云って置かなかっただろう。
 若し今の「どこへ」という言葉が、それを原因として、彼の臨終を苦しめたあまりに発されたとしたら、自分は一生苦められなければならない。
 ほんとになぜあのとき、今生きている通りの心で、犬や馬になることはないのだと断言しなかっただろう。
 相すまなく思う。姉でありながら、あまり親切でなかったのを恥じる。
 けれども、今、もうこうなっている彼に、その訳を訊こうとしてもそれは不可能である――下らないことである。
 どこへ、どこへ、どこへ、どこへ!
 言葉が体中を飛びまわるようで、私は瞬間的の眩暈(めまい)を感じた。
 今まで気附かなかった一種の臭いがする。
 暫く目を瞑って気を鎮めた自分が再び目を開いたとき、彼の呼吸は次第に弱くなって、顔には静かな、安らかな、子供らしい単純さが現われていた。
 十一時十七分前。唇の色が褪(あ)せ、白灰色で縁取(へりど)りされた。
 十一時二十分過。ごく浅い、軽い呼吸を一分ほどすると、ハアッと溜息(ためいき)を吐いて、頭を右の方へ傾ける、そして十秒経たないうちに同じことを繰返す。
 一度一度と溜息のあとの呼吸が弱って来る。
 そして、私の掌の時計が十二時二十三分過を指した瞬間彼はハアッと最後の溜息をついた。
 そしてちょうど遊び疲れた幼子が、深い眠りに入ったように、非常に無邪気に頭をコクリと右へ傾けた。
 昔、お姫様とお馬ごっこをして、決して離れずに遊び暮した「わたしども」の一人は彼の十五年の生涯を終った。

すすきの風俗
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2005年12月21日

殆ど憤怒に似た表情を浮べたたくさんの顔は

一生の記憶に遺したいため、できるだけ多く、よく彼の「生きている顔」を見ようとする真剣さに、つかみかかりそうな緊張をもって彼を見据えている。
 自分ではまるで知らなかったが、そのとき私はいつも何か考えるときするように、しっかりと腕組みをして、ひどく顔をしかめながら、にらみつけるように彼を見詰めていたそうだ。
 私は、自分の前に今死のうとしている一人の人を見た。二十日前までは、あんなに肥り勢のあった若い一人の男の子は、どうして死ぬのか。
 私は、彼の印象を強く頭に遺しておきたい願望で、殆ど貪婪(どんらん)になった。いくら体中の注意を集めても、異常に興奮した自分の頭に信頼する危さを知ると、辛抱できずに紙と鉛筆とを出した。
 そして、私の覚り得るかぎりの変化を記録しにかかったのである。
 若しかすると、それは死者に対して失礼だと云われることだったかもしれない。
 けれども、若しそうならどうぞ勘弁しておくれ、私はそうせずにはいられなかったのである。
 私は紙に穴の出来るほど力を入れて文字を書いた。
 八時十分過。呼吸益々苦しくなる。暗影が顔を被い、爪が蒼白となる。喘鳴甚。桶の中で胡桃(くるみ)を掻きまわすよう。少し血走った眼で、しきりにあっちこっち見まわし、非常に落着かない、不安な混乱の表情を現わす。
 九時二十分前。呼吸浅、速。眼上へあがる。
 同十五分前。呼吸復旧。不安な焦躁(しょうそう)の表情去り、ガッカリした、疲れた、途方に暮れたような表情になる。母が眼を瞑(つぶ)らせようとするけれど、母の方ばかり見て決してつぶらぬ。黒、紫の混ったつめたい色、顔中にサアッと走る。
 このとき、自分はフト彼の爪を見るために、手を見た。すると、紫がかった冷たい手の中指に出来ている、大きな胼胝(たこ)に注意を引かれた。いつか彼が、汽車を作ろうとして、毎日毎日鉄やブリキをいじっているうちに出来たのである。それを見ると、自分の目前には、鴨居につかえそうな体で、ニコニコしながら、ほんとうに何ともいえないよい微笑を漂(たた)えながら、腕一杯に機械の道具を抱えて、ノシリノシリと歩いて行く彼の様子が足音さえ聞えて、はっきりと浮び上って来た。
 私を帯で吊り下げて、平気で歩きまわる赭(あか)ら顔の彼が、制服の上着だけ脱いだまま、ゆっさりとたくさんの物を抱えながら、汚れた帽子の下からニコニコと、とけそうにいつもの八重歯を出して嬉しそうに笑いかけるのを見ると、急に眠っていた追想の数々が目覚まされて、思わず太い呻(うめ)きを立てたほど胸が苦しくなった。
 英国の父から送ってくれた、美くしい飾珠(かざりだま)の一杯ついた馬具をつけた彼が、小さい銀の鈴を鳴らしながら「おんま、ハイチハイチ」と這って行く。
 彼が運転手になった、屏風(びょうぶ)箱の電車にのって、私共は銀座へ行った。
「軍艦の、軍艦の、軍艦のハ――」
 木作りの軍艦に紐(ひも)をつけて、細い可愛い声で歌いながら、カラカラカラカラと廊下を往復している彼、その時代の私達姉弟の思い出が、あまり楽しいので、いとおしいので、私は辛抱しよう、しようと思いながらつい涙をこぼしてしまった。
 それからそれへと、果もなく延びて行きそうだった追憶は、彼の激しい喘鳴のうちから、明瞭に聞かれた「どこへ」というつぶやきによって破られた。
 明らかに疑問のアクセントを持った、「どこへ」というあとについて聞きとれなかったもう一つの響きが続いた。
「どこへ?……」
横浜風俗
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2005年12月18日

十二日の夜以来、

最後の手段として腰髄刺穿(ようずいしせん)が施された。
 かなり大きな試験管に、二本と五分の一ほども液体がとれたので、脳の圧迫が多少減じたため、その夜から十九日の夕刻まで体温と脈搏とは同点を指しながら、七度三分、百というところまで来た。
 この時分になると、験温表はもう単に体温と脈搏とを記録するだけのものではなくなって来た。立派な一つの楽譜である。生命の終焉(しゅうえん)の音楽が、赤と碧(みどり)の色鉛筆によって、その表線の上に写されたものとほか感じられない。複雑な高低を持ったたくさんの点は、私がいつか一生懸命に練習したことのあるモツアルトのソナータの数節を思い出さずにはいられなかったほど、律動的なものであった。
 高音が急速な優しみのある旋律で旋行して行くにつれて、全く、八度の重々しい低音の、男性的な協和音程が息もつかせず強調して行く。そして、やがてd'[#「d'」は横組み]の夢幻的な顫動(せんどう)のうちに落着く、あの響を想起したとき、私は命の、あまりの麗(うる)わしさに心を撃たれた。
 淡い秋霧に包まれた桐や棕櫚(しゅろ)が、閉めた窓々を透して流れ出る灯に、柔かな輪郭(りんかく)を浮かせている静かな、ぬれた病院の中庭を眺めながら、自分は魂のささやかな共鳴りを感じた。大変歌いたい心持になったけれども、適当な歌詞も声も持たない自分は、ただ心のうちで「限りなく麗わしきいのちよ!」と讃えることほか知らなかった。
 腰髄刺穿によって期せられていた、僥倖(ぎょうこう)の百万分の一ほどの微かな望みも絶えて、十九日の夜半から二十日の黎明にかけて、脈搏はグングンと増加して、六時頃熱は七度八分なのに対して、脈は百二十という差を現わした。
 そして、最後の徴(しるし)である喘鳴(ぜんめい)が起り始めたのである。始め私はただ痰(たん)が喉にからまっているのだとほか思わなかったから――私は喘鳴が起ればもう最後だということなどはちっとも知らなかった――しきりに、「早くとっておやりなさい、おやりなさい」と母や看護婦にせっついた。
 皆黙ってその通りにする。
 自分でも手伝ってあげたかったけれども、若し突附きでもすると大変だと思って控えているところへ、注射器をもって入って来た医者の方を眺めた母の顔を見たとき、あの急に衰えたような、痛手に堪えかねた負傷者のような表情を見たとき、自分はグラグラとした。
「アアもう駄目だ」
 手と足が一どきに氷のように冷たくなってしまったけれども、心だけは一層大きな眼を見開いた。
 いくら、取ってやろうとしても、もう絶望だということを知らなかった自分が、いつものように単純な調子で、
「おかあさま、早くとってやるといいわ、苦しそうよ」と云ったことは、母にとってどんなに苦痛だったかということも考えられた。
 泣くどころではない。
posted by リーズン at 10:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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